企業の人事・労務システムは年功序列型から能力主義型へ、成果主義型へ、そして2000年代後半から人材マネジメント型へと変遷してきました。人材マネジメント型はそれまでのタイプと異なり、社員の成長と企業の成長をシンクロさせているのが特徴。社員のパフォーマンス最大化に適したシステムといわれています。そして、人材マネジメントの適正な運用に欠かせないのがファシリティマネジメントといえます。
人材マネジメントはもう古い? これからはタレントマネジメント…という誤解
米国で生まれた「タレントマネジメント」が、日本でも人気を集めています。
タレントマネジメントの推進団体といわれる米国人材開発機構は、タレントマネジメントを次のように定義しています。
“タレントマネジメントとは、事業目的と整合の取れた人材の獲得・開発・適材配置のプロセスを通じて、組織とメンバーのつながりや能力を強化、あるいは組織とメンバーの潜在能力を顕在化させることにより、組織が短期および長期の両方の成果を獲得することを可能にしようとする全体論的な人的資本最適化の取り組みである。”
米国では管理職層の流動性が高いため、その獲得競争が激しく、採用コストの高さがかねてから問題になっています。つまり「卓越したリーダーシップを持つ管理職をいかにして内部育成し、いかにして自社の発展に貢献してもらうか」が、重要経営課題の1つになっています。この管理職育成手法の1つがタレントマネジメントといわれています。
対して、新卒採用社員を長期間かけて訓練し、管理職に育成する組織文化が根強い日本では、管理職層の流動性が低く、管理職層の獲得は米国企業ほど深刻化していません。
しかし、タレントマネジメントには、
- 社員の配置状況や人的資源の可視化による人材の最適配置が可能
- 個人目標と進捗度の一元管理が可能
- コンピテンシーモデルと社員のスキルとの比較が可能
- 社員間のスキルやキャリアの比較による人事異動シミュレーションが可能
――など従来型の人材マネジメントがカバーしきれていないさまざまなメリットがあるとされています。
このため、人事・労務分野の識者の間では、「タレントマネジメントを人材マネジメントに適切に取り入れれば、人材マネジメントの経営戦略性が強化され、その運用効果が高まる」との見方が強いようです。
人材マネジメントに優れた企業が生き残れる時代
人材マネジメントの導入効果は実際のところ、どうなのでしょうか。
例えば厚生労働省の『平成26年版労働経済白書』は、「人材マネジメントの目的は、長期的な企業の競争力を維持・強化していくために、人材の働く意欲を喚起し、その能力を最大限発揮させることにある。そのためにも、マネジメントが重要である」(一部略)と述べ、「人材マネジメントを適切に実施している企業では、労働者の定着率や労働生産性が高く、売上高経常利益率も高い傾向にある」として、次のように指摘しています。
“ 労働政策研究・研修機構『人材マネジメントのあり方に関する調査』(2014年)を用いて、企業における労働者の就労意欲と労働者の定着率、労働生産性、収益力の関係を見た。それによると、「就労意欲が高い・どちらかといえば高い」と回答した企業は、「就労意欲が低い・どちらかといえば低い」と回答した企業に比べ労働者の定着率が高くなるとともに、労働生産性も高い傾向がある。就労意欲の高さが労働者の定着率を高め、それに伴って人的資本が高まり、労働生産性が高まっている関係性を示唆している。――中略――就労意欲が高い企業の「売上高経常利益率」(企業活動の本業と財務活動を併せた企業全体の収益力指標)の平均値は就労意欲が低いと考える企業より高くなっている。”
人事・労務政策において、人材マネジメントがいかに重要かの証拠といえるでしょう。
人材マネジメントの具体的メリットと導入のポイント
人材マネジメントは人材採用、人材育成、配置・異動、人事評価、処遇(昇進・昇格、報酬)、福利厚生などの機能で構成されています。これを見る限り、従来の人事・労務システムとほとんど変わりはありません。すなわち、人材マネジメント導入とは、まったく新しい人事・労務システムを導入するわけではないのです。
ただ、これらの機能を従来のように個々バラバラに取り扱うのではなく、一体的に取り扱うところに特徴があります。これは「人材マネジメントの目的は経営戦略を推進するための人事・労務システム」であるところから来ています。したがって、一体的に運用しなければ導入効果を発揮できないといえます。
人材マネジメントのメリットは、具体的に次のようなものとされています。
- 組織力の底上げと継続的業績アップ
- 組織活性化による柔軟で迅速な環境変化対応
- 自立型社員の育成と社員のパフォーマンス最大化
- 社員のモチベーションアップと個人業績の向上
- 社員の定着率向上と勤続年数の増加
- 経営と現場の一体感強化
人材マネジメントを導入するためには、次のプロセスが重要とされています。
人材マネジメント導入目的の明確化(経営課題や経営戦略の明確化)➡人材要件の洗い出し➡社内で不足している人材要件の明確化➡不足人材を補うための計画策定(新規採用、中途採用、研修など)➡社員全員での情報共有➡人材マネジメント運用➡運用結果の評価と改善を継続する
また、人材マネジメントの導入効果を最大化させるためのポイントは、次の4つとされています。
①人材採用
採用は人材マネジメントの中で最も重要な機能とされています。企業経営における諸課題の大半が「自社に必要な人材と採用した人材のミスマッチ」に起因するからです。
したがって、「協調性、向上心、業務知識」などの曖昧な基準ではなく、自社に必要な人材要件を明確化し、それを基準に新卒・中途採用を行う必要があります。
②人事評価
人材マネジメントの運用が形骸化しやすいのがこのプロセスです。従来のように、成果のみを査定する人事評価は百害あって一利なしです。社員個々の業務プロセスを可視化し、このプロセスを評価基準にする必要があります。これにより、社員のモチベーションが向上し、人材育成や配置・異動の適正化も図れるようになります。
③処遇
会社や事業への貢献度を反映した処遇は、労働生産性と収益性向上の原動力になります。社員が目先の短期的成果追求や個人プレーに走らないよう、中長期的成果と貢献度の両輪で処遇基準を設定する必要があります。
④人材育成
人材マネジメントにおける人材育成は、経営戦略推進に必要な人材レベルと現状の人材レベルとのギャップ解消が目的です。このため、階層と職種の人材育成要件と優先順位を明確化し、業務スキル向上のためのOJTと資質向上のための集合教育の適切な組み合わせが重要となります。
従来の人事・労務システムでは人材育成を「経費(コスト)」とされていましたが、人材マネジメントにおいては「会社成長のための投資」になります。
人材マネジメント導入に欠かせないファシリティマネジメント
人材マネジメント導入というと、ともすればそのプロセスが重視されがちです。しかし、社員個々の生産性向上、社員間のコミュニケーション活性化、経営と現場の一体感強化などを図るためには、人材マネジメント運用に適した職場環境の整備も重要でしょう。
フロアに部署ごとの島があり、机が対向式や並列式で10列以上並んでいる。そして、課長はこの島から少し離れた窓際等に机を構えている。また、会議をする際は会議室を予約し、参加者のスケジュール調整をしてから開催する。
このようなオフィスレイアウトや会議運営を行っている企業が今でも多いようです。こうした職場環境では、社員の統制や画一的な業務を効率的に行うには適しているかも知れません。しかし、業種や社風によっては、社員がパフォーマンスを最大化し、創造的な業務を行う執務環境に適していない場合もあります。
このような観点からも、企業は人材マネジメント導入において、ファシリティマネジメントにも目を向ける必要があるでしょう。
参考: