サラリーマンにとって給与と同等、あるいはそれ以上に大きな意味を持つのが人事評価。人事評価制度が公平か否かは社員のモチベーションや生産性に大きく影響します。しかし、仕事はテストのように一つの尺度で順位をつけることが難しいもの。評価する側にとっては難易度が高く、評価される側には不満が残りがちなのが“人事評価”です。
現在、多くの日本企業は人事評価制度として目標管理制度(Management By Objectives and Self-control 以下:MBO)を導入しています。期初に目標を設定し、期末に成果に応じてAランク、Bランクなどのフィードバックを受けた経験のある方も少なくないのではないでしょうか?
目標管理制度は今や日本企業の9割近くが導入しています(※1)。このMBOは、米国の経営学者P.F.ドラッカー氏らが提唱したマネジメント手法であり、評価制度の代表的なものだと言えます。しかし、実は近年その発祥の地、米国において、MBOの見直しが進んでいます。
※1参考:「目標管理制度の運用に関する実態調査2013年」|労務行政研究所 労政時報の人事ポータル jin-Jour 2015.12.15
MBO普及率約8割という表記は多くの記事で出典なしで書かれていますが本記事では最新データと思われる上記88.5%という数字と意識して9割近くと表記しております。
米国で「ノーレイティング(社員のランク付け廃止)」を導入する企業が急増
日本が成果主義のモデルとしていた米国において、このMBOの見直しの動きが進みつつあります。社員自ら期初に目標を設定しその成果にもとづき一年ごとにS、A、B、C、Dと評価するような年次評価を廃止する企業が増えているのです。今やアメリカの企業はこういったシビアな社員のランク付けを廃止し、むしろ社員を育成し、社員同士のコミュニケーション促進、企業へのエンゲージメント(愛着心)醸成に力を入れているのです。この新しい概念は新パフォーマンスマネジメントと呼ばれ、米国において人事制度のトレンドとなっています。
米国大手企業の新パフォーマンスマネジメント取り組み例
例1:ゼネラル・エレクトリック(GE)
年次評価ならびに相対評価(評価をあらかじめ定めた分布率(ベルカーブ)に当てはめること)を廃止。代わりにPD@DEという独自のアプリを使用し、上司と部下の面談(タッチポイント)の数を増やす。管理職は部下の評価ではなく育成に力を入れたか否かが重視される。
例2:アドビシステムズ
年次評価と社員のランク付けを廃止。「チェック・イン」という自社独自の評価システムを導入。3カ月に1回はミーティングを設けフィードバックを行うことで社員の成長を継続的に促す方針に変革。社員の離職率が30%減少。また、システム変更により年次評価シート作成に費やしていた管理職の時間が合計80000時間も節約となる。
そのほか、マイクロソフト、アクセンチュア、P&Gなどの大手グローバル企業も同様に年次評価を廃止しています。大手企業の変革はほかの企業にも大きな影響を与え、2015年時点で経済誌フォーチュン誌ランキング上位企業の10%が年次評価を廃止しています。(※2)
※2参考:年次評価 2015年時点でフォーチュン誌上位企業の10%が廃止|日経BP社 ヒューマンキャピタルOnline 2016.7.26
日米の目標管理制度の違いは何か? MBOのメリット、デメリットとは?
日本の企業がMBOを本格的に導入し始めたのは、1990年代のバブル崩壊後です。成果主義人事に転換する際の評価制度として、米国企業をモデルに導入したのです。もっとも、運用の実態はやや異なります。米国は中途採用が主体であり、採用時に仕事の詳細なジョブディスクリプションを明示します。目標も決めやすく、評価の尺度もはっきりしています。また、評価に伴う社員の処遇もシビアであり、下位10%にレイティングされた社員はリストラ対象です。
しかし、日本は新卒を総合職として採用しジョブローテションを行いながら育成する雇用文化があり“職務範囲や評価の定義”を都度明確にする慣行があまりありません。そのため評価基準もあいまいになりがちで、評価が難しい面があります。元々、年功序列型人事制度を長く運用してきた日本企業にとって米国型MBOをそのまま導入することも容易ではなく、多くの企業は年功序列型人事制度を基本に、MBOをトッピングしたようなスタイルで運用してきたと言えます。MBOを形式的に使用するだけの企業、360度評価を取り入れるなど精緻に作り上げ運用する企業などさまざまですが、いずれにせよ米国と比較するとかなりマイルドな運用の仕方だと言えます。
とはいえ、MBOの仕組み自体は共通しているためか、指摘される問題点は驚くほど似通っています。ここでMBOのメリットとデメリットを再整理してみます。
MBOのメリット
- 上司・部下双方で目標を決定可能(ブラックボックスではない)
- 評価プロセス、評価の理由が明示される
- 評価がフィードバックされる
- 社員自らが目標設定を行える
MBO導入以前の日本企業は、社員の評価基準が透明でないケースが多かったと言えます。中には評価を告知しない企業も存在したほどです。しかし、MBO導入により評価の基準やプロセスがある程度明確にされ、評価がフィードバックされるようになったことは働く側にとっても人事評価が分かりやすくなったと言えます。また、社員自らが自分の目標を提案できるようになった点も、それ以前より進歩だと言えるでしょう。
MBOのデメリット
- 部署内相対評価により、社員同士が協力しあわなくなる
- ベルカーブ(社員の評価分布)があるため、適正な評価になるとは言い難い
- 年に1~2度の面談・評価がビジネスのスピードにそぐわない
- 管理職の評価能力にばらつきがあり恣意的な評価も起こりやすい
日米ともに、最もよく指摘されるMBOの問題点に相対評価によるモチベーション低下、社員間のチームワーク意識の低下があります。たとえば同じくらい優秀な社員が2人いる部門であっても、あらかじめ定められた評価分布によりAが1人、Bが2人、Cが1人と定められていれば、トップの社員と僅差の力量の社員もB評価に甘んじなければなりません。当然、該当社員は評価に疑問を持ちます。わずかな差で評価が大きく異なり、それが給与・昇進に反映されるとなれば、必要以上に他人をアシストする社員は少なくなります。この点は構造的な問題だったと言えます。
育成とコミュニケーション重視に舵を切った米国企業の人事。日本への影響は?
米国における新パフォーマンスマネジメントの考え方では、管理職の職務は評価することよりも育成が中心となります。より深く部下を理解し育てていくため、管理職にはコーチング能力やメンタリング能力も必要となります。また、年次評価を廃止したとはいえ、評価はやはり管理職が行うため、年に1~2回ではなく頻繁にコミュニケーションをとる仕組みが導入されています。
成果主義を追求する米国企業が、成果を上げるために社員間のコミュニケーション促進や社員の企業に対するエンゲージメント醸成に力を入れ始めたことは、日本企業から見ると、むしろ自分たちが、旧来、無意識的に育んでいた良いカルチャーを思い出させる契機となるかもしれません。少なくとも、今回の米国企業の方針転換において、不公平感のもとになる相対評価を見直している点、管理職の“評価という仕事”に対する費用対効果の検証をした点は、日本企業にとっても参考になります。
人事評価制度とは、目的ではなく手段です。「その評価制度は社員のモチベーション向上につながっているか?」「最終的に自社の成果につながる評価制度か?」という観点で取り組むことが必要なのです。
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